2008 |
11,15 |
前回、痴呆症のような症状が出たことをお話ししましたが、
この時期が私は精神的に最もつらい時期でした。
もちろん父も、姉も相当ショックを受けていました。
もしかして、母はずっとこのまま…!?
手術なんか受けなければ良かったのでは……
そんな後悔と不安と先の見えない恐怖で、私たちはぐったりとしていました。
無邪気に走り回る母。
どうしたらいいんだろう…
次の日の母の行動。それは…
この時期が私は精神的に最もつらい時期でした。
もちろん父も、姉も相当ショックを受けていました。
もしかして、母はずっとこのまま…!?
手術なんか受けなければ良かったのでは……
そんな後悔と不安と先の見えない恐怖で、私たちはぐったりとしていました。
無邪気に走り回る母。
どうしたらいいんだろう…
次の日の母の行動。それは…
「あらゆる人に電話をかけまくる」ことでした。
父や友達、勤務先など…とにかく手当たり次第、電話をしまくっていたようです。
そして
「もう私、ダメみたい…。はやく来て…。」
というようなことを言っていました。
実際、そんな内容の留守電を聞いて、駆けつけて来てしまった母の友達もいました。
本当にご迷惑をおかけしました…。
病院に行くと、私に向かって
「あんた、携帯電話持ってるんでしょう。もうすぐ私、死ぬんだから電話しないといけないのよ!」
そんなことを言ってきました。
「今日、私、携帯電話持ってくるの忘れちゃったんだ。」
「もう!こんな大事なときに!じゃ、コインは?あるでしょう?公衆電話で…」
「お母さん、電話しなくても大丈夫よ。」
「何言ってるの!?もうすぐ死ぬのに!」
「どうして?手術は順調にいったのに。」
「だまされちゃダメ!手術は失敗だったの!」
「…」
「最期の言葉くらい言わせてよ…」
「…」
「最期にみんなに”ありがとう”って言いたいの……」
術後、何度かMRIやCTを撮ってもらいましたが、特に大きな異常は見つかりませんでした。
ただ、度重なる痙攣発作の朦朧とした意識の中で、母は勝手に「自分はもうすぐ死ぬ」と思い込んでしまったようでした。
つらかったです…。
母もつらかったと思いますが、私たち家族もつらかったです…。
担当医は、めずらしい症状だが(年配の男性の方が若干起こりやすい症状らしいです)一時的なものだろうとおしゃっていました。
とにかくその言葉を信じるしかなかったです。
一日でも早く、いつもの母に戻って欲しかったです。
父や友達、勤務先など…とにかく手当たり次第、電話をしまくっていたようです。
そして
「もう私、ダメみたい…。はやく来て…。」
というようなことを言っていました。
実際、そんな内容の留守電を聞いて、駆けつけて来てしまった母の友達もいました。
本当にご迷惑をおかけしました…。
病院に行くと、私に向かって
「あんた、携帯電話持ってるんでしょう。もうすぐ私、死ぬんだから電話しないといけないのよ!」
そんなことを言ってきました。
「今日、私、携帯電話持ってくるの忘れちゃったんだ。」
「もう!こんな大事なときに!じゃ、コインは?あるでしょう?公衆電話で…」
「お母さん、電話しなくても大丈夫よ。」
「何言ってるの!?もうすぐ死ぬのに!」
「どうして?手術は順調にいったのに。」
「だまされちゃダメ!手術は失敗だったの!」
「…」
「最期の言葉くらい言わせてよ…」
「…」
「最期にみんなに”ありがとう”って言いたいの……」
術後、何度かMRIやCTを撮ってもらいましたが、特に大きな異常は見つかりませんでした。
ただ、度重なる痙攣発作の朦朧とした意識の中で、母は勝手に「自分はもうすぐ死ぬ」と思い込んでしまったようでした。
つらかったです…。
母もつらかったと思いますが、私たち家族もつらかったです…。
担当医は、めずらしい症状だが(年配の男性の方が若干起こりやすい症状らしいです)一時的なものだろうとおしゃっていました。
とにかくその言葉を信じるしかなかったです。
一日でも早く、いつもの母に戻って欲しかったです。
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プロフィール
HN:
cat rin
年齢:
44
性別:
女性
誕生日:
1981/04/12
職業:
会社員
趣味:
焼肉を食べること
自己紹介:
韓国に滞在していた時、母の脳腫瘍(グリオーマ)の存在が発見され、ただちに帰国。
現在は都内の会社に勤務しつつ、手術を終えた母とも仲良く暮らしています★
現在は都内の会社に勤務しつつ、手術を終えた母とも仲良く暮らしています★
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